古墳の石4

何故?古墳の石にウチの祖父は「八幡宮」と彫ったのか?
何故?「天王社」というのか?


天王社から類推

神社が所在する常盤の土地は・・・
  9世紀あたり、嵯峨天皇の子である源常(みなもとのときわ)が住していたのにちなんで「常   盤」とついた。
  11世紀頃は、三条天皇の長子、敦明親王が住していた。

など、天皇家に縁があるからなのか・・・。


八幡宮から類推

神社の場所は、戦中戦後あたりまで秦氏の古墳がごろごろしており、
現在でも近くには、秦氏の古墳とされる双ヶ岡に、木ノ島神社、秦河勝の作った広隆寺、大酒神社
などなど多数。
*因みに大酒神社の由緒に「ダビデ」と書いてあったり
広隆寺の近くにある「いさらいの井戸」が「いさらい」→「イスライ」→「イスラエル」
なんて怪しいお土地柄


八幡を音読みにしてみて「ヤワタ」→「ヤハタ」→「ハタ」→「秦」と読んでみたり。



その「八幡宮」と彫られた石の御神体を、本殿新築のため西隣に5mほど移動して頂いたのですが、その移動によってお寺の本堂にいらっしゃる阿弥陀様と八幡様が、南北の縦線で垂直に繋がりました。

北に阿弥陀様、南に八幡様
日本の神仏習合の歴史では、阿弥陀如来の垂迹が八幡神と称したりします。

この世では意図していないことが、どんどん繋がることも色々起こったりします。
いや、想像力で繋げていって楽しんでいるだけかな。

明日は新本殿の竣工式です。
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by munehito_miwa | 2008-10-03 20:32 | 天王社八幡宮 | Trackback | Comments(0)
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