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西方寺開基 蓮生法師756回忌法要に際して

今年で5回目を迎えます、自坊の開基法要

一年目、天台、時宗、浄土聲明 ひょうたん笛の奉納演奏とタイ族のお経
二年目、時宗すすき念仏 山極先生の「ゴリラとご縁」の話
三年目、天台聲明 今様と白拍子語り舞
四年目、法華経 中島さんの京ことば朗読

毎年違う内容にすることを課しており、本年は雅楽の朗詠を法要の中に組み込みます。
今、朗詠を練習中。曲目は「十方」と「紅葉」「嘉辰」の三曲を歌い、管弦曲「武徳楽」を奏します。
普段、聲明を唱えていると、お経の癖で宮廷の歌の感じとは調子が外れて参ります。
趣味でお謡もしていると、僧と公家と武家の感じが入り混じりでよくわからなくなります。

まぁ、謡を習っている僧が歌う公家の歌でもいいのじゃないか・・・?
半ば開き直ろうかとも思案中ですが、お楽しみいただければ幸いです。

法要の後の講演には、京都鴨川の源流を守る、
志明院住職、田中真澄師をお招きしてお話を頂きます。
私が会社を辞して、先行きに迷いを持って全国のお寺を巡っていた頃
バイクで岩倉へ行く予定の所、道に迷って雲ヶ畑に行ってしまい、
そのまま志明院に迷いついてから10年来のお付き合い。

自然そのままの雄大な景色が残されたところですが、だからこそ自然の変化が如実に現れ
やさしくも厳しい自然が、人の犯してしまった罪を感じさせてもくれるところです。
そんな和尚のお話を聞かせて頂くことを楽しみにしています。



実信房蓮生法師756回忌法要
11月11日(火) 18時頃より
18時15分頃 蓮生法師法要
          十方 般若心経 弥陀礼 回願 紅葉 武徳楽 嘉辰
19時頃     講演
          志明院住職 田中 真澄師
場所
          入逢山 西方寺

入堂       志納(お賽銭) お供養饅頭付き
          
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by munehito_miwa | 2014-10-10 13:45 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)

上映会を終えて

上映会 Sensing the Journey of the Dead 死者の魂を霊界に送り出す歌
トラブルもありましたが、無事に終えることができました。

上映と後席にあたり、いくつか発見がありましたので
聞き覚えであやふやですが、こちらに記しておきたいと思います。

歌うシャーマンは減りつつあるとのことで、
この30年位でこの歌う風習は途絶えてしまうかもしれない、とのこと。
現在は若いシャーマンは多くいるそうだが、歌うのではなく、淡々と語って聞かせるそうだ。


・何故、シャーマンになるのか? シャーマンになるには修行などがいるのか?

特に修行などはないようで、なるべくしてなる(女性に多い)、とのこと。
ある日、原因不明に体調を崩したりするが、歌をうたうことにより回復していく過程がある。
そのまま歌を歌い続けることで、自身、シャーマンとしての認識がでてくるらしい。



・何故、歌うのか?

そういうものだからだ、と言われればそれまで。

理屈付けするなら、歌や詩は、直接的に訴えかけるのではなく、曖昧で
相手に想像させる余地を置いている。

歌は左脳ではなく、右脳を使っている。
例えば、シャーマンが右手で扇を振り続けて、さらに右足を激しく揺する作法は
左脳をビジー状態にすることで休ませ。右脳の活躍範囲を拡げているのではないか、との指摘。

なんにせよ、意味はわからなくとも、人を引き寄せる旋律はあるわけで
伊藤さんが雲南の古い調べ、を吹いていた事が交友関係が生まれたきっかけ。

映像では、シャーマンと参列の人々との掛け合いが多くみられた。
シャーマンが死者の声を代弁し歌い、あの世に送る歌を歌う。
聴衆はそのやりとりに参加すると、その声にもシャーマンは反応する。

シャーマンと聴衆が協力し関係することによって、死者の存在がこの世に露わになっていく。
他者が存在しなければ、自身が存在できないように、人間は関係存在であるのと同じく
死者と生者の関係を結ぶ事によって、死者が現れてくる気がした。




・実際に死者がシャーマンに降りてきてると思う?

聴衆はそれぞれ思い思い。
シャーマンと死者とのやりとりに入り込む者もいれば
しらけた気持ちの者もいる。

それは見えないしわからない、でも感じることはできる。









台風が迫るなか心配しましたが、満堂の参列を頂きありがとうございました。
お傘を2本あずかっております。ご連絡頂けますと幸いです。
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by munehito_miwa | 2014-10-06 16:25 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)