<   2012年 11月 ( 3 )   > この月の画像一覧

連休の京都に京都人2

f0056808_11451718.jpg

このキノコは、真ん中を押すと、ぴゅ、ぷしゅぅ!と胞子が飛びます。
非常に楽しいです。時間が経つと、押して凹んだ部分の張りも復活します。

f0056808_11473147.jpg


このキノコは夫婦きのこのようで可愛らしいく思いました。
つんつんすると、ぷるんぷるんします。

以上、他にもいろんな種類のキノコが生えていましたが
雲ヶ畑で見つけたきのこでした。


後、お知らせ
27日火曜日19時から
室町二条さいりん館にて、
春風のゆうべ~ぼんさんに聞きたいこと・ぼんさんが聞きたいこと~
でゲストで出ます。お寺でとれたお土産お持ちする予定です。
http://harukaze226.blog55.fc2.com/blog-entry-171.html
懺悔懺悔六根清浄
[PR]
by munehito_miwa | 2012-11-25 11:49 | 日常 | Trackback | Comments(0)

連休の京都に京都人

三連休最終日
嵐山は朝7時から父が散歩していると、
もうすでに観光の方々がぞろぞろと歩いておられるようです。
すでに人力車に乗ってまわっている姿も見たそうです。
いい天気で良かったですね。

京都人はこの時期、人の多いところにはあまり出ないのかもしれません。
だけど紅葉狩はしないと、もったいない気がして
鴨川の源流である、雲ヶ畑に行って来ました。

f0056808_10583165.jpg


現在、人口が100人をきってしまい
京都バスまで運行を止められてしまいましたが(現在はもくもくバスが1日1往復)
貴重な自然が残る、特別な場所です。

雨後の霧で幻想的な光景が随所に。
f0056808_1174664.jpg


雲ヶ畑厳島神社の後ろには磐座のような、2つの巨石。
真ん中の切り株には何故だか地蔵菩薩が何体かお祀りされている。

f0056808_11115946.jpg

集落を越え奥まで進むと、歌舞伎『鳴神』の舞台となった、岩屋山志明院。
こちら、勅願寺で弘法大師が修行した場所としても有名。
岩屋山と号するだけあって、巨大な磐座が境内のあちこちに・・・、
というか、境内全域が磐座の聖地になっています。
ですので、山門の先は撮影禁止です。

少雨霧の中、中院までお参り。
いつ来ても、人は数える程しか来られないのですが
あまりに自然が綺麗で、洋服をまとった人の姿がことさら異物にみえ、
普段の平衡感覚が失われるような心持。

風が谷を通れば、一面を覆っていた霧が晴れ
次の瞬間にはまた霧に覆われる。

京都に志明院があってよかった、
というよりも、これだけ自然が失われていく中
志明院が残っていてよかった、と思う。

f0056808_11245441.jpg


ところで、
いつも奥さんとよく話をするのですが、聖域だからと自然そのままに残されている境内。
夜間拝観などで、照明を当てるのは、木々のリズムが崩れるのと、夜行性の生き物も山には多く存在していて
(雲ヶ畑の山にはモモンガもいるそうだ)それらの動物への影響も気にしてられた。

田んぼでも、街灯があたる場所は実りがなかったりと、ある程度は夜間照明の害は知ってはいたが
動物の事までは頭が回っていなかった。
人間の都合の裏には、多くの犠牲が他にも多く存在しているのだろうな。
[PR]
by munehito_miwa | 2012-11-25 11:16 | 日常 | Trackback | Comments(0)

蓮生754回忌

おかげさまで、蓮生法師754回忌 無事に終える事ができました。

一年に一度の法要につき
毎年、違った形で執り行ってます

本年の試みをいくつか。

1000年近く前、西方寺開基の蓮生さんの時代は電気はなく。
その時代に少しでも思いを馳せる時になればと
照明を使わず、ほぼ蝋燭の明かりにしぼり、時のゆらぎ、場のゆらぎを、より表すために、
和蝋燭を本尊前に灯しました。
燭台のみで、経本が読めるのか心配しましたが、案外いけるもので。
*後に、参拝者の方に「(私達)普段から電気使いすぎやなぁ、と思いました」という感想を頂きました。

雅楽の笛、龍笛の「乱声」で二人の式衆が入堂。
龍笛は、天と地を往来する龍を表します。
その二人の日本の歌の源流ともいわれる聲明、「衆罪伽陀」を詠じる間に導師入堂し、
般若心経、開基蓮生法師の疏を読み上げました。

f0056808_13433465.jpg

*赤松氏 自筆の差上(プログラム)あまりの流麗さに、記念に頂く。

導師が退堂し、白拍子が入堂する間には
鳳凰を模した雅楽の笙という楽器の二管吹きで「平調調子」
笙の音色は、天から射しこむ光を表すと言われています。

さらに照明を落として、井上さんの白拍子舞と赤松、法住寺住職による今様。
梁塵秘抄から3首。蓮生法師和歌から2首 浄土和讃も加え歌って頂きました。

f0056808_14435124.jpg


蓮生法師和歌などで歌われた今様は、法住寺前住の作曲で
普段は歌のみですが、和田氏に笙で音を付けて頂き
白拍子舞のソロにも、和田氏が独自に作曲してくれました。

後で、DVDを見直してみて、
知人が「清盛の世界をみせてもらったわ」と言われたのも、
当日は、ほんまかいな!、などと思いましたが少し納得しました。

もともと、白拍子に舞って頂くということで
宗祖の法然上人が言われた

「(遊女の)仕事はできることならやめるべきですが
今の稼業のままでも、南無阿弥陀仏と唱えたら、浄土に往生できますよ」

という話を入れて欲しい、とのリクエストをしていたので
それが白拍子の「語り」に入り
蓮生法師の歌も、希望で井上女史に選歌して頂きました。

 さてもまた忍ばむとこそ思ひつれたが 心よりおつる涙ぞ 『万代集』

 いかにせむ身に七十路の過ぎにしを 昨日を思へば今日も暮れぬる 『続古今和歌集』

恋歌と老いを歌った、人間らしい歌の二首。

恋の歌も老いの歌も、当時の人の思いは、今の人にも変わることなく
人の営みが続き、現在の私達も、欲ごと流れ去って行くような気がします。

身分の低い人も高い人も、最後は懺悔し念仏して往生する願いを込めて

 一心敬礼声澄みて 十方浄土に隔てなし 
    第二第三数ごとに 六根罪障罪滅す 『梁塵秘抄』

の後に念仏と、越天楽の節で以下の歌を歌い、法要を終えました。

 弥陀の名号となへつつ 信心まことにうるひとは 憶念の心つねにして仏恩報ずるおもひあり

 ほとけも昔は人なりき われらも終にはほとけなり 三身仏性具せる身と 知らざりけるこそあわれなれ
[PR]
by munehito_miwa | 2012-11-19 14:03 | 自坊行事 | Trackback | Comments(2)