<   2008年 05月 ( 7 )   > この月の画像一覧

大原へ聲明

先日は三千院まで年に一度の聲明法要を聴きに行く。
お寺関係の縁で、関係者席に座らせて頂く。

こちらの天台聲明は、浄土宗や浄土真宗の聲明に受け継がれたようで、
聲明の古い形式を現在まで、残されています。

独特の節回しを、多人数で詠むためか、引継ぎが難しいのでしょう
私が所属する宗派では明治、昭和のあたりで、聲明がほぼ途絶えてしまったようです
聲明の知名度が高まる中、残念な気持ちがあります。

f0056808_11455687.jpg


先日の知恩院で聴いた聲明では、
浄土宗のお堂は大きいので、その空間に合わせて
節の抑揚の感覚が長く、ゆっくりになると言われていました。

天台宗のお堂は、浄土のお堂と較べ、大きくはないので、
確かに抑揚の感覚は短く、早くはありましたが
それでも、お釈迦様のお名前を詠みあげるのに1分ぐらいはかかるでしょうか。

貴族、武士、平民
佛教を布教する対象の違いから、お堂の形や、お経内容、教え、布教の仕方などが変わります。
f0056808_11561877.jpg


奈良の当麻寺など、初期は天子南面で、本尊が配置されているお堂は南向きになりますが
途中、本尊に浄土曼荼羅が配されると、阿弥陀様の西方極楽浄土の思想から
お堂が東向きに造られるなどの変更があります。

f0056808_1213325.jpg

聲明と雅楽の音程が合わさったところはとても気持ち良く聴けました。

雅楽は和音階で西洋音階よりもピッチが低いです。
ですので、お経や聲明はもともと和音階だったと思うのですが、
私の所属宗派のお経は、どうも西洋音階であります。

最近の人の大多数は西洋音階に慣れ親しんでいるので
良し悪しがつけられません。

ですので、お経の種類によって、できるものは
両方使い分けられるようにはしているのですが

伝統だからと当たり前のように、盲目的に、形式的に行っているような儀式に対して
再度、何故そのような儀式をするのか?の、意味づけをしっかりしていかないと、本来あるはずの価値すら薄らいでいくような気がします
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-31 12:22 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

自然のリズム

「生まれたてのその瞳には小さなかなしみが宿っているように見える」
                             『朝日朝刊』「ひととき」

祖母が孫を初めて持った感想なのですが、
おもしろいことを書いてはるなぁ、と投稿記事を読んだ。

佛教では現実の一切は苦しみであるといいますが
生老病死の4つの苦しみに加え
怨み憎みに会う苦と、愛す人と別れる苦、思い通りにならない苦に自己中の執着の苦
で四苦八苦といいます。

その内「生」の苦しみは
『「生きる」ではなく「生まれる」である。生まれるとは母胎から出産することではなく、母胎に妊娠する初刹那(結生)を指す。要するに輪廻によって生類の中に生まれてくることが苦である』
                        (水野弘元『仏教要語の基礎知識』)

とまぁ、そんなわけで孫の瞳の「小さなかなしみ」に想像力を感化されるわけです。
f0056808_14362847.jpg

幸い投稿の続きで「それが(小さなかなしみが)日に日に明るく、澄んでいく様子を見るにつけ、うれしくてならない」と書いてはるので、その孫にもこの世に生をうけた現実に対する諦念、あきらめか、自身(孫)の生へ繋がる過程の忘却を読んでしまう。

さて今月18日に行われた三船祭。
上の写真は御神体の入られた屋形船と思われます。
そちらの船に白拍子やら雅楽などの奉納がされていました。

f0056808_14532429.jpg

*舞は多分、原笙会の方々。芸名はハラショーが語源とウィキペにありましたが、はたして・・・。

嵐山大堰川に何艘も船を浮かべ、船上で舞楽が舞われていました。
こういうときには何かと「優雅」という言葉が使われがちですが、優雅に感じながらも
一体何故「優雅」なのかと・・。

f0056808_1501476.jpg

「悟りの聖者にとっては現象は苦とならない、(略)迷っている凡夫にとっては一切の現象は苦である」 (同上)

川の流れがドンブラドンブラと、そのリズムに、何故か雅楽の調べが乗っているような、
決まったリズムをあまり要さない、完璧な音程を成さない楽器の合奏。
なんだか、良い悪いとか、好き嫌いの概念では評せない
なんとなく落ち着く感じを心に与えた。

自然は自身の思い通りにならない、という諦念の気持と
自然になるべく同化するような気持ちとが日本の古代中世の人にはあったのかな。
それは悟りではないだろうけど、現象に対する誠実な態度のような気がする。
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-20 14:40 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

新緑に思うこと

「門の中入ったら、山に来たのかと思いました」

父は隙間があれば、後のことはお構いなしで木を植える人です。
雨の日は、枝々が垂れて、玄関までの道を塞ぎます。

f0056808_1214062.jpg

*セッコクが伊吹に宿って、大分と侵食してきました


「落ち葉掃除が嫌いな人は息をするな」

とCWニコルさんがTVで言ってましたが
すごいことを言うなぁ、と吃驚しました。

近所の神社さんお寺さん、山持ちの知り合いも
落ち葉の苦情には往生されてます。
隣の敷地に枝が伸びている部分を伐ったり
幹から伐採せざるをえないなどの話はよく入ってきます。
近所の桜並木もなくなりました。
私も父は、剪定のため定期的に木登りです。
f0056808_12174360.jpg


山持ちの方の場合、
近所のクレームから伐採した後で、市からは「伐ってはいけない」などと言われたりするようです

地球環境が言われる中、二酸化炭素を減らそうという半ば圧力めいた声に加え、
二酸化炭素を吸収する木を増やそう、という声が少ないように思え、肩身の狭い近頃。

大木の場合、その近辺の住民よりも、大分昔からその場所に住んで居たのに可哀想な話です。
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-17 12:03 | 日常 | Trackback | Comments(2)

御 陰

賀茂の神様を新たに新しく再生させるお祭り
御陰神社で迎えられた荒御魂が下鴨神社の糺の森にて神事

f0056808_11295640.jpg


新聞広告には「葵」は「あふい」と書き「会う」という意味があると書いてありました。
当日のパンフレットには
神が「吾に逢いたければ葵を飾り祭りをして待てば地上に降りよう」
「桂を男、葵を女とし二つの植物を一体とすることにより神の御生を祈る」
なる記述

楽や舞が降りて来られた神に捧げられ
荒御魂の行列が、本殿の和御魂へ会いにいかれました。

f0056808_11444895.jpg

右下の女性の指の曲がり具合がグット!!


本殿での神事は非公開で、楽の音しか聞こえませんでした。
荒が男性で、和が女性とすると、

そりゃ秘め事ならば非公開ですよなぁ、と
野暮なことは言わず退散致しました。
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-13 11:44 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

春だから

f0056808_1185432.jpg
ユキノシタ
一番てっぺんから花を咲かせていました。


f0056808_1194440.jpg
見方によって怪獣のようにみえなくも・・・


f0056808_11132891.jpg
ピラカンサ
花咲く頃は綺麗で匂いも愛いやつですが、
剪定の際、棘がズブリと刺さります。
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-13 11:17 | 日常 | Trackback | Comments(0)

休日サイクリング

f0056808_19233366.jpg

新熊野神社(いまくまのじんじゃ)
今日は宵宮、明日に遷幸祭のようで、露店が出ていました。
新緑の大楠木
いつみても道路へのはみ出し具合が素晴らしい。
能楽との関係のある神社のようですね。

次は東福寺搭頂の同聚院へ不動明王アチャラナータを拝しに行く
平等院の阿弥陀さんを製作した定朝さんのお父様、康尚作
坐像ながら御高さ265センチの憤怒相で圧巻。

最初かなりびびってしまうが、お体をよくよく眺めると流麗、柔和なつくり。
お顔は怒っていても、体からはやさしい包容力を感じさせる、
古い時代(平安時代)の不動さんの特徴をとらえた像でした。
恐そうに見えて、実はとてもやさしい人は人間社会にも多くいらっしゃいまして、いつも大事なことを教えてくれる気がします。


f0056808_19293547.jpg


ついでに東福寺、通天橋を望む。

f0056808_19531634.jpg

東寺は八幡宮が珍しく公開中
ガラクタ市をひやかし

f0056808_19582293.jpg

神泉苑では念仏狂言が今夜まで。
土蜘蛛と橋弁慶をみてご満悦

無言劇ですが、演出が派手でわかりやすい。
お能のような洗練されたものではありませんが、
飛び降りたり、糸飛ばしたり、斬り合い押し合い、とても楽しいものでした。
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-04 19:51 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

木々

f0056808_1215494.jpg

京都植物園にて森林浴
*HPのコーナー、「園長の目」がなんだかおもしろいです

春は日差しがとても強いが、乾燥しているので
森林の中に入ると、とても涼しい。
写真を撮る人、写生している人も多く、のんびりした空気。

f0056808_12105621.jpg


f0056808_12115010.jpg



大木の下、木にもたれたり、芝生や土の上ににのんびりする。
木陰はすずしく、ゆったりとして時間を忘れる。
池の波紋が葉の裏に映りこみ揺れる

f0056808_12204085.jpg


日本の人は、設置された椅子に坐る
海外の人は、芝生に坐る、寝転ぶ

国民性?
f0056808_10485937.jpg
[PR]
by munehito_miwa | 2008-05-02 12:12 | 日常 | Trackback | Comments(2)