カテゴリ:神社仏閣(京都)( 24 )

13日の法要

「後白河法皇法要、現代に再現
下京・寺院 800年前に法然営む」京都新聞朝刊5/14

長講堂にて13日に行われた浄土如法経法要に式衆で参列させて頂きました。

この日のために昨年秋頃より毎月数回、聲明の練習に長講堂に伺っておりました

長講堂の先生にいたっては、この日のために、私が知りうるだけでも

・天台宗の方に、魚山聲明を習われる
・私たちに聲明を教授
・西山浄土宗のお経に初めて雅楽を付す事を企画し、その雅楽との練習
・法要の経本を独自に制作
・法然上人画像を自筆にて描かれる
・当日の法要のパンフレット制作(お経とお経の現代語訳、表白、付き)
・自身の法話集の出版
・法要の最初に仏を迎える際に撒く、オリジナル散華を制作
・その他諸々

私にここまで出来るか?というと・・・


有り難し・・・


そういう意味でもお呼び頂き、ありがたい!ですし
大きな喜びと刺激を頂きました。

法要の終了の際は、参列の方々より拍手を頂くなど
とても珍しい体験をさせて頂きました。ちょっと私には経験のないことでした。

法要に参加させて頂いた事に、ただただ感謝の気持ちです


NHKの放送でも取り上げられています。
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by munehito_miwa | 2010-05-15 12:08 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

恒例参拝登山

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毎年恒例の愛宕登山
珍しく雪が降ったので、溶ける前に。
市内には雪が残っていないにかかわらず、麓より雪が残っていた。

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序盤の大杉権現さんには、とりあえずあらゆる神の石柱が奉納。
ほんとにとりあえずだとおもう。天御中主やスサノオや出口さんや、なんでもあり。
日本の文化の懐の広さに思いはせる。。。

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途中、下からの吹上が強くなったので、参道をはずれてみれば、
木々に横殴り、もしくは下殴りの雪風。雪のスジが入っていた。

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黒門あたりまでくれば、雪と風の造形。雪が粉雪に軽くなってきた。
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到着

帰りは愛宕参道をはずれ、白髭神社に寄り、大杉谷よりおりました。
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視界に流れる桂川と
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真ん中の小さい瓢箪みたいな緑の丘が、双ヶ丘。

愛宕山より、秦氏に関係する地域を眺めつつ、下山す。
途中、立派な磐座があったが、特にお祀りはされておらず。

愛宕さんは、戦前、ケーブルが山頂付近まで伸び、茶店や旅館、スキー場などで賑わったようですが、
現在はほぼ閉店しています。

愛宕山には大きなスケールの磐座が幾つかありますが、
もし、こういった箇所をひとつひとつ、しっかりお祀りするならば、
この地域が復興することもあるのかな、と思った。
後、植林で山が死んでいる箇所の処理と。。。
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by munehito_miwa | 2010-02-10 17:39 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

不即不離

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暗闇も過ぎたれば、朝日が昇ってくるようになのか、

京都左京区、八瀬のあたり、御陰神社では、葵祭の前祭として
神が降臨される御阿礼(ミアレ)の神事が営まれるとのこと。(その後、神様の行列が下鴨まで向かう)
「御阿礼」は「御生」とも書くので、やはり「陰」が満ちると「陽」が生まれてくるのですね。

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広辞苑では御阿礼は
榊に神移しの神事をするとの事ですが、
御陰神社には、二柱の神様がいらっしゃいました。
上記の写真は、二柱の神迎えの場所なのかなぁ、と想像。

二柱の降臨まもない新しい荒御魂が
下鴨神社の和御魂と和合し、神威を増してから、いよいよ葵祭ということかしら。

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山の中は道なき道
途中、昔の潰れる前の御社の石垣があった。

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現在の御社あたりはカラスのうるさいこと・・・。
このあたりが「陰」の場所だとしたら、「陽」の場所はどこか?とするなら
その位置の関係性は鎌田先生の本に示唆してありましたが、
日吉大社の山じゃないのとのこと。
そういえば、去年の今頃、御本を読むまえに行ってました。
確かに比叡山を真ん中に、御陰山は西側で、八王子山は東側にあるなぁ

あの山は登れたけど、御陰山は角度きつくて登れません。
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by munehito_miwa | 2009-02-18 16:13 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

観光と信仰と

紅葉狩といえば、私の中では山登り。

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おびただしい数の観光客が集まる詩仙堂を過ぎて、さらに東の山へ行けば
狸谷不動。

写真の鳥居の手前は阪神優勝祈念石碑に狸の置物
その鳥居を抜ければ、まるで稲荷さんのようにズラッと並んだ朱の鳥居、で、弁財天さん。

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注連縄の巻かれた権現杉横には弘法さん。
その先には七福神。
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色んな神仏人がごった煮で、その包容力というか、度量の広さが頼もしく
笑を通り越して、信心深くなるような気がします。
参道脇の石柱にはすべて施主人が付いてます。
まさに信心に支えられたお寺!?のようで。
写真ばかり撮るのは失礼なようで、憚れます。(それでも神妙に撮る)

観光らしき人は、ほぼ見当たらず
皆様、毎日か、月参りか、とても熱心に参拝される人ばかりでした。

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清水の舞台のような本堂で、暗闇の中に浮かぶ体の輪郭に
目を光らせた不動明王さんを拝んでから、東山36峰の36童子巡礼に山登り。

薄暗い山だったところが
山頂近くきたところで、金色の光に照らされ、世界が一変しました。
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by munehito_miwa | 2008-11-30 14:44 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

涼をもとめて

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大原にある、魚山声明で有名な来迎院から山をあがること20分である音無の滝。
声明を滝の前で練習していたら、滝の音が消えたらしいです。

あまりの暑さに、息も絶え絶えでしたが
滝の目前までくると、飛沫が体にあたり、冷たい風が一気にみるみる元気を取り戻し
勢いあまって、滝に飛び込む私。
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大原は下にお寺や、住居が多いせいか
滝のスグ傍から堤防が等間隔に設置されており
そのつど、水の流れと一緒に風の流れや気の流れが断ち切られているかのよう。
滝の周辺から離れると、途端に空気が澱んできます。
行き道も、帰り道も足取りが重くなります。
堤防の周辺は魚はみられません。


後日、また涼を求め、別の滝へ
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京都京北の滝又滝。

こちらは、人工堤防はなく
川の水が石の堤防を自然に削ったところがところどころにあるだけ。

滝までの登山中は、心なしか
滝からの風が、登山の入り口まで吹き流れているようで、足取りも軽く感じます。

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巨大な磐座もごろごろしており、いくつかの場所で神秘的な光景が広がりました。
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水に手をひたせば、魚が沢山よってくるような場所でした。

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どうやら、川でも山でも防災上、人のためによかれと思って作ったものが、変わりに色々なものを潰していくようです。

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それでも三千院は綺麗。
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by munehito_miwa | 2008-08-03 16:12 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

知ってるようで知らない祭

仏教系の講座の先生は
祇園祭還幸祭による交通規制で30分遅れでした。

「今日、祇園祭で規制されているとは全然しりませんでした」

との談。
授業時間も30分延長するあたり、さすがでした。
帰りしな、神輿を見学。

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途中、馬上の稚児さんがお通りになられていたのですが
久世の国中神社の法被を行列が着ておりました。
どうやら、長刀鉾の稚児さんより、格式が上らしく、馬に乗ったまま神域に入れるそうです。

長年、京都におりますが、恥ずかしながら知りませんでした。
稚児さんといえば、昔は全ての鉾に稚児さんがいたとか・・・。
現在は長刀鉾のみです。

一月行事が続く祇園祭ですが、知らないことが沢山。
今年は世界遺産にむけて、山鉾の体重を計りましたが、
そのおかげで、山鉾巡行の最後まで観光客が残って、山や鉾を観てくれたと
最後の方に巡航する山鉾の人達が喜んでられたそうです。

せっかくのお祭りの見所が偏っているのかもしれません。

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by munehito_miwa | 2008-07-25 13:50 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

ふんどしはちまき

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神輿が通る前の祓いの山鉾は巡行が終れば
厄がついているので、すぐに解体するようです。
その山鉾巡行で祓われた道路を神輿に移った神様(牛頭天王)が練り歩く祇園の神幸祭

テンションの高い男達は
いつの時代もかっこいいとおもいます。
酒を飲んでは、神輿を担ぎ。
酒を飲んでは、神輿を担ぎ。


まわせー!まわせー!
ホイットー!ホイットー!。
そこ  ドケーッ!
行くぞー、オラー!

扇動の拡声器持った人かっこ良すぎです。
自身にはできない(やらない)ことをやる人達にはいつも憧れる。


24日も芸能人のおっかけのように
還幸祭で神輿をみにいきます。
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by munehito_miwa | 2008-07-19 12:05 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

節目

先日で今年も半分過ぎました
そんなことで、多数の神社で大祓があり
毎年ツアーみたいに回るのですが、今年は車折神社に行きました。

半年間に付いた罪穢れをはらうわけで
大晦日の除夜の鐘の神社版のようなものです。(もちろん大晦日は神社で大祓があります)
ただ、夏は食物などの痛みが早く疫病が流行るため
疫病祓いをして、残り半年に備えるといったもの。

今年は閏年の関係で、祇園祭の行われる7月の一ヶ月間が、丁度旧暦の6月の一ヶ月間にピタリとあてはまり、本来行われていたお祭りの時期だと思います。

夏の暑いさかりの疫病の流行る季節であり、6月という半年の節目。
残りの半年を乗り切る意味でために、インドの疫病の神様である(*毒を持って毒を制す)
祇園精舎にます牛頭天王を祭る八坂神社の、祇園祭は重要なお祭りであったと想像します。
(*蘇民徂徠の話も習合します。そういえば七夕も祓えの儀式だとか。「笹の葉♪サーラサラー♪」と穢れを祓う)


それにしても、車折はパンチの効いたスピ系?なHPからか、若い女性の参拝客が多くありました。

嵐山の野宮神社も地主神社と同じく、恋愛成就が売りなだけに、世の婦女子が大量に集まり
さらに、源氏物語1000年忌とあいまり、妄念愛欲商欲思念渦巻き、混沌とした土地になっていたので、スルー。

行き着いた先の常寂光寺は、人も少なくすっきりと抜けた土地でした。
山の空気を清浄な空気を境内に溜め置き、ゆったりとした包まれるような所でした。

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常寂光寺の多宝搭
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苔庭
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by munehito_miwa | 2008-07-01 14:16 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(2)

大原へ聲明

先日は三千院まで年に一度の聲明法要を聴きに行く。
お寺関係の縁で、関係者席に座らせて頂く。

こちらの天台聲明は、浄土宗や浄土真宗の聲明に受け継がれたようで、
聲明の古い形式を現在まで、残されています。

独特の節回しを、多人数で詠むためか、引継ぎが難しいのでしょう
私が所属する宗派では明治、昭和のあたりで、聲明がほぼ途絶えてしまったようです
聲明の知名度が高まる中、残念な気持ちがあります。

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先日の知恩院で聴いた聲明では、
浄土宗のお堂は大きいので、その空間に合わせて
節の抑揚の感覚が長く、ゆっくりになると言われていました。

天台宗のお堂は、浄土のお堂と較べ、大きくはないので、
確かに抑揚の感覚は短く、早くはありましたが
それでも、お釈迦様のお名前を詠みあげるのに1分ぐらいはかかるでしょうか。

貴族、武士、平民
佛教を布教する対象の違いから、お堂の形や、お経内容、教え、布教の仕方などが変わります。
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奈良の当麻寺など、初期は天子南面で、本尊が配置されているお堂は南向きになりますが
途中、本尊に浄土曼荼羅が配されると、阿弥陀様の西方極楽浄土の思想から
お堂が東向きに造られるなどの変更があります。

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聲明と雅楽の音程が合わさったところはとても気持ち良く聴けました。

雅楽は和音階で西洋音階よりもピッチが低いです。
ですので、お経や聲明はもともと和音階だったと思うのですが、
私の所属宗派のお経は、どうも西洋音階であります。

最近の人の大多数は西洋音階に慣れ親しんでいるので
良し悪しがつけられません。

ですので、お経の種類によって、できるものは
両方使い分けられるようにはしているのですが

伝統だからと当たり前のように、盲目的に、形式的に行っているような儀式に対して
再度、何故そのような儀式をするのか?の、意味づけをしっかりしていかないと、本来あるはずの価値すら薄らいでいくような気がします
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by munehito_miwa | 2008-05-31 12:22 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)

自然のリズム

「生まれたてのその瞳には小さなかなしみが宿っているように見える」
                             『朝日朝刊』「ひととき」

祖母が孫を初めて持った感想なのですが、
おもしろいことを書いてはるなぁ、と投稿記事を読んだ。

佛教では現実の一切は苦しみであるといいますが
生老病死の4つの苦しみに加え
怨み憎みに会う苦と、愛す人と別れる苦、思い通りにならない苦に自己中の執着の苦
で四苦八苦といいます。

その内「生」の苦しみは
『「生きる」ではなく「生まれる」である。生まれるとは母胎から出産することではなく、母胎に妊娠する初刹那(結生)を指す。要するに輪廻によって生類の中に生まれてくることが苦である』
                        (水野弘元『仏教要語の基礎知識』)

とまぁ、そんなわけで孫の瞳の「小さなかなしみ」に想像力を感化されるわけです。
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幸い投稿の続きで「それが(小さなかなしみが)日に日に明るく、澄んでいく様子を見るにつけ、うれしくてならない」と書いてはるので、その孫にもこの世に生をうけた現実に対する諦念、あきらめか、自身(孫)の生へ繋がる過程の忘却を読んでしまう。

さて今月18日に行われた三船祭。
上の写真は御神体の入られた屋形船と思われます。
そちらの船に白拍子やら雅楽などの奉納がされていました。

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*舞は多分、原笙会の方々。芸名はハラショーが語源とウィキペにありましたが、はたして・・・。

嵐山大堰川に何艘も船を浮かべ、船上で舞楽が舞われていました。
こういうときには何かと「優雅」という言葉が使われがちですが、優雅に感じながらも
一体何故「優雅」なのかと・・。

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「悟りの聖者にとっては現象は苦とならない、(略)迷っている凡夫にとっては一切の現象は苦である」 (同上)

川の流れがドンブラドンブラと、そのリズムに、何故か雅楽の調べが乗っているような、
決まったリズムをあまり要さない、完璧な音程を成さない楽器の合奏。
なんだか、良い悪いとか、好き嫌いの概念では評せない
なんとなく落ち着く感じを心に与えた。

自然は自身の思い通りにならない、という諦念の気持と
自然になるべく同化するような気持ちとが日本の古代中世の人にはあったのかな。
それは悟りではないだろうけど、現象に対する誠実な態度のような気がする。
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by munehito_miwa | 2008-05-20 14:40 | 神社仏閣(京都) | Trackback | Comments(0)