カテゴリ:自坊行事( 65 )

お参りの合間に

昨日は彼岸の中日でした。

とかく、日本人は「間」というものが好きなようで。
彼岸は昼と夜が半分半分ということで、その「間」とあの世とこの世の「間」とかけてるのかな、と。
その間の中の日である昨日は多くの参拝の方にお越しいただきました。
故人が彼の岸にある極楽のさらに上へ行くために、実体のある私達が代わりに功徳を積んで
故人の後押しをしようと。

実際には、暑さ寒さも彼岸までと、季節の変わり目は体調を崩しやすいので
自身の状態をみつめなおす機会として、自身の先祖さんと向き合い、自分の心と体に向き合うことによって
心体の不調を和らげようとしたようにも思います。

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先週の熱気で、木蓮or辛夷?が満開に。

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例年、彼岸の頃よりも後に咲いていたように思うのだけれど・・・。

今年は
桃のピンクと白と五色の幕で、彼岸らしい雰囲気になっています。
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by munehito_miwa | 2009-03-21 12:54 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)

頭には馬

明日のお祭りに向けての準備。

先ほど鯖寿司造りを終え、
やけに魚臭い手でキーボードを打ち、来週の宣伝。

☆馬頭琴(モリンホール)とのど歌(ホーミー)
<副題>モンゴルの馬頭琴と日本に伝わる馬頭観音には関連はあるのか?

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副題は嘘ですが
10月25日(土)6時半開場7時開演 入場料¥1,000です。
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by munehito_miwa | 2008-10-17 16:29 | 自坊行事 | Trackback | Comments(2)

花見会

夜はご近所さんが集まり
寺の桜で今年最後の花見でした

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by munehito_miwa | 2008-04-22 13:18 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)

彼岸の間について 2

と、

そんなわけで、今日もお彼岸、前回の続き。

今日は千本釈迦堂は大報恩寺で「千本釈迦念仏」がやってるとのことで行ってきました。
釈迦堂ではお彼岸の法要として千本釈迦念仏をされるようです。

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一年でこの日(3月22日)のみ
お釈迦さまの涅槃図を見せて頂けるとのことです。

釈迦念仏の差上(お経のプログラム)は
お釈迦さんの最後の説法と言われる「遺教経」
節をつけて(声明)、20人程のお坊様が内陣の本尊前にて詠まれていました。
*厨子の中の釈迦如来の開帳はなし。

「足ることを知る」の「知足」の勧めが多く書いてあったのが目にとまりました。

そのお経のプリントがもらえましたので少し抜粋。


「病を知って薬を説く 服すると服せざるとは医の咎にあらず 又善く導くものの人に善き道を示すが如し これを聞いて行かざるは導くものの咎にあらず」
                           『仏垂般涅槃略説教誡経』

勘違いせんと、ちゃんと自分で修行をしなはれゆうことですな。
うまい話に騙されないように、自分で考えて行動しようと思う次第なお経

漢文を訳した、お経に節をつけて詠むので理解しやすかったです。

その後、舎利経に光明真言(オンアボキャベーロシャノウ)をいくつか。
般若心経などを詠む。

その後、下陣に釣り掛けてある涅槃図の前に移動して、般若心経



結局、この法要はお釈迦様の遺功を偲びはすれど
浄土系のように、先祖供養が全面的にでたものではなく、

悟りの世界へ行くための法要
迷いの世界を離れるための修行の法要

という趣旨が強く感じられた。


私はといえば、ここ最近、彼岸で、先祖供養を沢山させて頂いたのですが
その、詠ませていただいているお経は「観経」で
どうやって阿弥陀様を観るか?の観かたを言うお経です。
阿弥陀様を観て、いらっしゃる西方極楽浄土=彼岸 に行きましょうと、
ご先祖様に供養させて頂いているわけです。
宗派などにより、違いがあっておもしろいですね
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間というのはそのあの世とこの世の隙間的見方もあるのか、
彼岸中の昼夜や太陽の軌道や色々な「間」がなにをするにも都合がいいというか、重要というか、関連付けてあるのですね。

そんなわけで、今日の真西に沈む夕日は
一時的な夕立の後の霧で、とても幻想的でした
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場所は行路の都合上、なぜか教習所の前で申し訳ないですがね。
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by munehito_miwa | 2007-03-22 21:04 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)

彼岸の間について

先日21日は彼岸の中日でした。
うちのお寺でもお参りをさせて頂きました。

お彼岸は春分の日(中日)をはさんで7日間を指します。
中日には、ちょうど昼と夜の長さが同じくらいになるそうです。
今日22日は少し夜のほうが長いのでしょうか。


正月の初日の出を拝みに行く人は多くいらっしゃると思いますが
太陽が昇る→生まれる→生命力を現しているとするなら
太陽が沈む→死ぬ→死というふうに関連づけられます。
一年初の生

毎日、死と再生(生)を繰り返しているような日常ですが
その、死と生の間が気になります。

彼岸とは、「彼(か)の岸」、あちら側を指します。
浄土経では阿弥陀様の西方極楽浄土が「彼の岸」
もともとは、悟りの境地とか世界、涅槃のこと。
現在は、浄土系の先祖供養が一般になってますが、修行の法会であったようです。

彼岸の期間、太陽は大体、真西から登り、真西に沈むようです。
天の間を太陽が通るイメージ。

此岸から彼の岸へ・・・この世からあの世へ・・・迷いの世界から悟りの世界へ

やはり、その間が気になります。



死後、49日間は中陰といい
毎週、十王の裁きがありますので、その前夜に逮夜参りをしますが
それが、この世とあの世の間

再生である日の出を見る朝は、とても清清しく感じますが
一日の終わりの夕日を見るときは、西方極楽世界を馳せる人がいますかー?
私は夕日に少し憂鬱になるときもあれば、ぼんやりとした緩やかな時間にも感じます。

ただ、太陽がほぼ沈みかけ、夕闇が迫る頃
夜になる間際の時間が気ぜわしく感じます
神社、お墓、寺にいると寒気がします。
そんな、生と死の間
色々な間があります。



彼岸は昼夜の長さが同じ、その間
生と死の間、交代のとき。
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by munehito_miwa | 2007-03-22 20:52 | 自坊行事 | Trackback | Comments(3)