カテゴリ:神社仏閣(近江)( 4 )

坂本3


東本宮が大山咋神で
京都の西にある、最古の神社といわれる、松尾大社と同じ祭神

西本宮が大己貴神で、奈良の日本最古といわれる神社の一つ
大三輪神社から勧請されたようです。

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他にも神々が沢山いらっしゃって
神々しく感じる境内です。

主に西本宮は祈祷をされていて
東本宮では結婚式もされているそう。

そういえば、日吉大社は、京都の賀茂神社と松尾大社とともに
双葉葵が家紋となっていて、ご親戚なのかなぁと思い巡らせます。

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何度もこちらに足を運んでいたのに、初めて行ったのが奥の院
崖に建つ、お社とお社の間には大きくてツルッとした磐座が鎮座されていました。

そのお社は
大山咋神の荒魂と鴨玉依姫の荒魂が祭られています。

荒魂といえば、伊勢神宮内宮の荒魂を祭るお社の一つには鳥居がなく
ダイレクトにパワー出てて、すごいです、みたいに言われてますが

こちらはなんとなくスッキリしてました。

それよりも、もう少し奥の
多分、千日回峰の阿闍梨さんが回られる通りであろうところの
磐座空間が、ドロドロとしていた。
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by munehito_miwa | 2008-02-29 16:08 | 神社仏閣(近江) | Trackback | Comments(0)

坂本2

日吉大社は延暦寺の鎮守ですが
延暦寺は、京の都の鬼門封じになっています。

御所の東北角は鬼門避けの凹んだ建築になり
御所から少し東北の鬼門には、当時、安倍清明の屋敷が配置され

さらにその東北は赤山禅院が配され
そのまた、、には延暦寺が配されているわけです。
(寺町今出川上がるところの幸神社も鬼門よけやったような気もする)

その対角線上には、長岡京に小倉神社が裏鬼門封じとして配されていました。
小倉神社も磐座による?、磁場発祥の地として、石碑が残されています。

大山崎は京都から大阪に抜ける街道であり、その山には小倉神社をはじめ
多数の神仏が配置されていて、要所になっているようです。

京都の西北にある愛宕山も裏鬼門やいうて、
愛宕神社も京都の裏鬼門封じと神職さんが言われていましたが、
そういえば、西陣の大将軍八神社に祀られている、北斗七星と北極星などの、方位の神々も
当時、御所の西北に配置されていた、と、聞いたことがあります。

調べれば調べるほどガチガチの要塞建築である京の都であります。

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話は日吉大社に戻ります(東本宮)
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by munehito_miwa | 2008-02-26 11:29 | 神社仏閣(近江) | Trackback | Comments(0)

坂本

しばらくぶりに日吉大社へ

こちらの神社へは所用でしょっちゅう通っていたのですが
初めて観光名目で行きましたらば、以前と受ける印象が全然違って見えた。

それは、目的の違いからでる影響と
今と昔の自身の感覚の変化が起こしたものだろうと、勝手に解釈。

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今までスルーして観たことがなかった日吉東照宮
日光のモデルになったそうです。

ここまでの登りの階段は極悪。
階段を見上げても、お堂などは、ほぼ登りきるまで見えない設計
一般人は立ち入りも、遠めに眺めることもできなかったのですね。

本殿内には徳川さんと豊臣さんが隣り合わせに鎮座されているのがおもしろい。
拝殿は折り良く、特別公開日で中も豪華
雅楽の篳篥と笙の楽師と陰と陽の舞人の絵がありました。

彫刻に関して
麒麟さんに象さん♪はどうかわかりませんが、竜・獅子・鳳凰などところせましと。
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by munehito_miwa | 2008-02-23 10:26 | 神社仏閣(近江) | Trackback | Comments(0)

信仰ってなんじゃいな

滋賀県信楽はMIHOミュージアムで山東省の仏像展を見てきました。

金銅仏と石仏が70体ほどお目見えで、前から横から後ろから眺めてました。
4世紀から7世紀ぐらいの仏像で、日本の飛鳥仏にみられるような
アルカイックスマイルが印象的でした。

好みとして、日本人の私は石仏よりも木の仏になじみがあり
お顔の形も少し違和感を感じてしまうのです。
それでも3体程すばらしい仏像に出会いゆっくり眺めていました
(その内、1対は松平健様の若い頃にそっくり?でした《笑》)


せっかく滋賀まで来たのでMIHOだけではなんですので
軽い気持ちで、行きしなにふと看板が見えた不動寺に行くことにしました。
太神山 不動寺
これがまた、険しい道のりで、タイヤがパンクするんではないのか?といった道。
あまりにドンドン車が揺れるので、途中、乗り捨てて歩いて行くことにしました。

これが失敗
カーナビでは、もうすぐだったのに、歩けど歩けど、お堂は見えてきません。
おまけに、「~~まで何キロ」のような標識も見当たらず。
途方にくれ、何度も引き返そうと迷うこと5回。
やっとこさ広場がみえた。。。。

「てか、駐車場あるやん!」

参りました。
さらにそこから怒涛に続く登り階段。

ようやく境内に迎え入れられ一息つきますが
さらに階段

その階段を上がると、護摩焚きをする広場に出て、不動さんが祀られていた。
その広場から上を仰ぎ見ると、そこには岩にそびえるお堂があった。

岩岩岩
多分、その岩(磐座)が御神体なのでしょう。。
その磐座の上に足を突き伸ばし、お堂を建てているのです。
足場に同じ長さの柱は一本もないのでしょう。

そこにお堂を造ろうと思った人に感服でございます。
お堂の中に入れば、中は薄暗闇。戸が開いたので、
空けて下を覗けば、やはり絶壁。
横を振り向き仰げば、でかい磐。
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このバランスで室町時代から、磐の上、さらに絶壁に建ち続けているのです。
すさまじいロケーション
その堂内、太神不動の額が飾ってある。
不動さんは堂内、額の後ろ、凹型の窪みにいらっしゃり、
光が射し込まず、そのお姿を目に拝むことはできません。
ただ、そこにいらっしゃるという気配を感じるのみです。

ゆっくり不動さんを眺めることはできないけど
そこに、その場所に神仏の気配を感じること

その気配を感じるから
山にお堂を造ったり、磐に造ったり、河や泉や海のある特定の場所にお堂を造ったりするのだろう。

気配を感じる。 そこを祀る。
そういった信仰が日本にも深く息づいていることを再確認した。


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by munehito_miwa | 2007-06-08 15:05 | 神社仏閣(近江) | Trackback | Comments(0)