カテゴリ:本山行事
5日間にわたる御忌終了
本山行く道帰り道
あまりに天気が良いのと
笙とあぶりを持っていかなくてもよいのでバイクにて出勤
松尾大社の祭りによりてから本山へ
ホイットホイットの掛け声賑やかにして、物見遊山の方々惹きつける
本殿に寄る人波
本山光明寺は御影堂にて雅楽。担当は鉦鼓
今日は仏賛歌の方々がよくお参り
お参りはほぼ関係者の方のみ
神社の祭りとは違い
一般の参拝者がお堂の中に入って
一緒にお参りをするという雰囲気ではなく。
たまたま、大きなお参り期間と知らずに来られた方が、
お堂の中で大勢のお坊さんがお参りしてる、とか
お堂から歌や音楽が聴こえるとかで
お堂の中に入りやすい空気というものができないものかな、と思う。
どうも檀信徒以外の方は、本山でもお堂の中は入りにくいのかな、と思う。
●昨日
担当 笙
先日までは観経真身観という比較的短いお経だったが
今日から長い阿弥陀経。それ故、雅楽の演奏と演奏の間の待機時間長し・・・・。
こういうときに、楽人でいながら、お坊さんでもあって良かったと思うのは
60人ぐらいのお坊さんに混じって、一緒にお経をとなえられる所。
一年間のうちで、御忌の5日間は
自身のお経が自分色に勝手に変わっていないか?を確認する期間でもある。
○一昨日
今日は笙のソロパートありで、少々緊張
暗譜している曲だが、念を入れて楽譜見ながら吹くも
緊張して今吹いているところを見失い、結局暗譜で吹くことに。
いつまでたっても、何回吹いても、緊張するところは緊張する。
日本人だけに「恥」という日本人なりの「美」の感覚が私を本番に弱くする。
御忌期間中は駐車場満杯のため、3時までの約束で、他の車の後ろにつける。
帰り、片づけなどあり3時ちょうどになってしまうと、私の前の車であろう大柄なお坊様がお待ち
「はよどけてくれんと出られんやないか!」
とお怒りの模様。
「3時までは大丈夫と聞いていましたが・・・、すみません」
「もう3時過ぎてるわな、すみませんやないわ」
との事。
時計を見れば3時1分
確かに過ぎておりますな。
お坊様というのは図体と態度は大きいわりに、器の小さい方が多くいらっしゃるので
注意が必要です。毎年、多くのお坊様が全国からお越しですが、色々な方がいらっしゃいます
毎年勉強させてもらいます。
日本のお寺というところは、幼少から檀家さんに可愛がられ、まつりあげられてしまうところがあるので
自身の力量以上の態度で育ち。勘違いがとまらないという「魔」に陥りやすいところがあります。
実るほど頭を垂れる稲穂というわけには、なかなか行かないのが現状
そういうお坊さんに会う度に、己の身を正すように気をつけろ、と仏様に諭されている気がします
*これを書いてる時点で私の器もしれてますが・・・
檀家様は大変かもしれません
帰ってから、金曜は夜8時までなので、国立博物館へ長谷川等伯展を観覧
五時半に着いたが、中に入ったのは6時10分の40分待ちで。
金夜は空いてる情報があったのでしょうか?寒空の中冷える体。
内容てきに、広い展示室にほぼ一人の作家だけ、というのも無理があるように感じましたが
終盤の水墨画のコーナーの、ほとばるような 「線!、線!、線!」 これには目を奪われた。
3日前
大雨 今日は25菩薩出陣のため、25人の菩薩の先導で、長い距離を吹きながら
お堂をぐるぐる回って堂内に入る。そのまま、60人以上の坊様の入堂までも吹き通しだったため
笙のリードが詰まって、パパからもらったクラリネット状態に。
もう一人の笙の音が出ているのを確かめてから、こっそり吹くのをやめて、
笙をあぶってから吹きなおす。
笙という楽器は湿気を嫌い、リードに水分があるとそこに見えないぐらい小さいホコリがついても
音が鳴らなくなります。それを火鉢などで炙ってとばします。
帰ってからお世話になっている池口和尚のフリスタ僧侶の方々の懇親会に混ぜて頂きました。
興味深かったのはぶっちゃけ問答を毎月第3水曜にされている中島和尚。
プライベートでも、すごいぶっちゃけぶりでした。
会って3回目ぐらいの私にでもあそこまでぶっちゃけて話してくれる和尚は
もう信頼せざるをえない雰囲気です。
檀家様にはありがたいお人かと思います。
自身の家の宗旨とは関係なく、自分自身で宗教や宗派や、その牧師や僧侶を
自由に選べたらどんなに良いかと思う。
そして、それを選ぶのに多様で充分な情報が手に入りやすくなれば
もっと宗教が平和な社会に貢献することができるのじゃないかなぁ、と思う。
本山行く道帰り道
あまりに天気が良いのと
笙とあぶりを持っていかなくてもよいのでバイクにて出勤
松尾大社の祭りによりてから本山へ
ホイットホイットの掛け声賑やかにして、物見遊山の方々惹きつける
本殿に寄る人波
本山光明寺は御影堂にて雅楽。担当は鉦鼓
今日は仏賛歌の方々がよくお参り
お参りはほぼ関係者の方のみ
神社の祭りとは違い
一般の参拝者がお堂の中に入って
一緒にお参りをするという雰囲気ではなく。
たまたま、大きなお参り期間と知らずに来られた方が、
お堂の中で大勢のお坊さんがお参りしてる、とか
お堂から歌や音楽が聴こえるとかで
お堂の中に入りやすい空気というものができないものかな、と思う。
どうも檀信徒以外の方は、本山でもお堂の中は入りにくいのかな、と思う。
●昨日
担当 笙
先日までは観経真身観という比較的短いお経だったが
今日から長い阿弥陀経。それ故、雅楽の演奏と演奏の間の待機時間長し・・・・。
こういうときに、楽人でいながら、お坊さんでもあって良かったと思うのは
60人ぐらいのお坊さんに混じって、一緒にお経をとなえられる所。
一年間のうちで、御忌の5日間は
自身のお経が自分色に勝手に変わっていないか?を確認する期間でもある。
○一昨日
今日は笙のソロパートありで、少々緊張
暗譜している曲だが、念を入れて楽譜見ながら吹くも
緊張して今吹いているところを見失い、結局暗譜で吹くことに。
いつまでたっても、何回吹いても、緊張するところは緊張する。
日本人だけに「恥」という日本人なりの「美」の感覚が私を本番に弱くする。
御忌期間中は駐車場満杯のため、3時までの約束で、他の車の後ろにつける。
帰り、片づけなどあり3時ちょうどになってしまうと、私の前の車であろう大柄なお坊様がお待ち
「はよどけてくれんと出られんやないか!」
とお怒りの模様。
「3時までは大丈夫と聞いていましたが・・・、すみません」
「もう3時過ぎてるわな、すみませんやないわ」
との事。
時計を見れば3時1分
確かに過ぎておりますな。
お坊様というのは図体と態度は大きいわりに、器の小さい方が多くいらっしゃるので
注意が必要です。毎年、多くのお坊様が全国からお越しですが、色々な方がいらっしゃいます
毎年勉強させてもらいます。
日本のお寺というところは、幼少から檀家さんに可愛がられ、まつりあげられてしまうところがあるので
自身の力量以上の態度で育ち。勘違いがとまらないという「魔」に陥りやすいところがあります。
実るほど頭を垂れる稲穂というわけには、なかなか行かないのが現状
そういうお坊さんに会う度に、己の身を正すように気をつけろ、と仏様に諭されている気がします
*これを書いてる時点で私の器もしれてますが・・・
檀家様は大変かもしれません
帰ってから、金曜は夜8時までなので、国立博物館へ長谷川等伯展を観覧
五時半に着いたが、中に入ったのは6時10分の40分待ちで。
金夜は空いてる情報があったのでしょうか?寒空の中冷える体。
内容てきに、広い展示室にほぼ一人の作家だけ、というのも無理があるように感じましたが
終盤の水墨画のコーナーの、ほとばるような 「線!、線!、線!」 これには目を奪われた。
3日前
大雨 今日は25菩薩出陣のため、25人の菩薩の先導で、長い距離を吹きながら
お堂をぐるぐる回って堂内に入る。そのまま、60人以上の坊様の入堂までも吹き通しだったため
笙のリードが詰まって、パパからもらったクラリネット状態に。
もう一人の笙の音が出ているのを確かめてから、こっそり吹くのをやめて、
笙をあぶってから吹きなおす。
笙という楽器は湿気を嫌い、リードに水分があるとそこに見えないぐらい小さいホコリがついても
音が鳴らなくなります。それを火鉢などで炙ってとばします。
帰ってからお世話になっている池口和尚のフリスタ僧侶の方々の懇親会に混ぜて頂きました。
興味深かったのはぶっちゃけ問答を毎月第3水曜にされている中島和尚。
プライベートでも、すごいぶっちゃけぶりでした。
会って3回目ぐらいの私にでもあそこまでぶっちゃけて話してくれる和尚は
もう信頼せざるをえない雰囲気です。
檀家様にはありがたいお人かと思います。
自身の家の宗旨とは関係なく、自分自身で宗教や宗派や、その牧師や僧侶を
自由に選べたらどんなに良いかと思う。
そして、それを選ぶのに多様で充分な情報が手に入りやすくなれば
もっと宗教が平和な社会に貢献することができるのじゃないかなぁ、と思う。

お寺は多くの人で混沌
今年の鉄道のキャンペーンはこちらのお寺だったようで
例年より、かなり参拝客が多いように感じました。
集合予定より少し早めに入り
空いた時間、散策に費やした。

今が盛りの紅葉に、今が盛りの人出
紅葉の時期は全国から京都などのお寺に人が集まる。
一年で一番、お寺に人が集まる時期じゃないだろうか。
浄土系のお寺では、本尊の阿弥陀如来を中心に
お寺の本堂内陣を金銀赤白光の極楽浄土に見立てて建築しますが、
規模の大きなお寺になると、紅葉であかあかと染まる境内も極楽の様相。
たぶん、現世にいながらにして、あの世(極楽)を疑似体験できる(させる)ように計算して
お寺を建てているのだろう。
極楽は西方極楽浄土といって、西の空に沈む夕日にそれをイメージ(観想)したりするのですが
夕日の紅と、紅葉の紅は近しく感じる。
一日の終盤を表す、日暮れと
一年の終盤を表す、紅葉の秋
「あの世から帰ってくる人はおらへん、それはあの世がええ所やからや」
と、お参り先で教えていただきましたが、
輝く紅の先の世界を思えば、そのような気もしてくるような。。。

京都の東山へ紅葉狩にでかけた。
そのお寺にも山門があって、その門まで傾斜のある参拝道をあがっていくのですが
参拝道は常緑樹が多く薄暗い。
ただ、薄暗い参拝道から、山門の向こう側に見えつつある景色は
紅葉で朱に染まり、対称的だった。
薄暗い場所から、山門の中の朱に輝く場所へと
歩を進めていくような構造になっており。
苦の現実から、極楽へと行くような、演出がなされているのだなぁ、、、と感心した。
明日、26日は本山光明寺にて西山忌。楽人として出席します。
ここのお寺も紅葉で有名ですが、脇の参拝道にある門が浄土門といって、
こちらも、門の口が朱に染まります。長いこと、このお寺におせわになってますが
それで浄土(極楽)門なのかなぁ、と今頃思ってしまいました。
そのお寺にも山門があって、その門まで傾斜のある参拝道をあがっていくのですが
参拝道は常緑樹が多く薄暗い。
ただ、薄暗い参拝道から、山門の向こう側に見えつつある景色は
紅葉で朱に染まり、対称的だった。
薄暗い場所から、山門の中の朱に輝く場所へと
歩を進めていくような構造になっており。
苦の現実から、極楽へと行くような、演出がなされているのだなぁ、、、と感心した。
明日、26日は本山光明寺にて西山忌。楽人として出席します。
ここのお寺も紅葉で有名ですが、脇の参拝道にある門が浄土門といって、
こちらも、門の口が朱に染まります。長いこと、このお寺におせわになってますが
それで浄土(極楽)門なのかなぁ、と今頃思ってしまいました。

本山光明寺で御忌4日目でした。
雨の中、傘を射しながら
駐車場から衣装や楽器、火鉢など大量の荷物をかかえ
長い長い階段を歩き続けるのです。
階段の終盤にやっと、本堂の瓦屋根が見えてきて
そこからは一歩一歩、足を踏むたびに、御影堂(本堂)の全容がゆらりゆらりと現れてきます。

本日の法要は、菩薩の仮面を被った豪華な装束の25名がお堂内を練り歩くという豪華な差定(プログラム)ですが、私は出演で、手伝いの方も近くにおられなかったためカメラはとれず、残念でした。
菩薩たちは、隣接の阿弥陀堂から出発で、私達はその先導をするわけですが、阿弥陀堂内の声・・・
「目の穴からは見えなくても結構です!!」
「鼻の穴から見て下さい!」
とまあ、とてつもなく狭い視界であられることでしょう。
わたくし、先月末に能面を被らせてもらう体験をしたのですが
面の目と鼻の4つの穴から下界をみるのです。
それは、普段の視界の3分の1もないくらいでした。
それを鼻の穴の視界だけで、薄暗い堂内を練り歩くとはっ!
過酷な菩薩達であります。

帰りは、浄土門より。
新緑で、門の入り口が緑に染まります。
秋は、視界が真っ赤に染まり、観光客でごった返しますが、それは素晴らしい景色です。
ただ、どちらかというと、新緑の季節のほうが人も少なく、ゆったりと森林浴ができておすすめです。

家に帰れば、風と雨で花びらが散り、桜の絨毯ができていました。
常緑樹の落ち葉とあわせ、掃除にも精がでる季節です。
先日21日から、長岡京市の本山にて、法然さんを偲ぶ、大きな法要がありました。
例年通り雅楽で参加させて頂きました。

今日と明日は私、参加できませんが、木金は参加します。

きらびやかな袈裟を羽織ったお坊様が何十人も
同じ節のお経を詠むとあって、初めて参拝された連れ人が、
お経の声が気持ち良かったと、歓心されていました。
毎年、後ろの楽人で参加している私はそこまでの感動はなく
よいものだなぁ、と思いつつも、
関心が
「今年はぼちぼち声が揃ってるなぁ」
とか
「この人、一人だけえらい音はずれとるなぁ」
とかしか思わないところに、慣れの恐ろしさを思いました。

*高速でお堂を回るお坊様(笑)
日々、真新しい心でおることができるなら、感動するものなのでしょうが、
目の前に広げられている世界を、自身の色眼鏡で見る癖が抜けないと
純粋に楽しめないとは・・・。
心というのは難しいものです。
例年通り雅楽で参加させて頂きました。

今日と明日は私、参加できませんが、木金は参加します。

きらびやかな袈裟を羽織ったお坊様が何十人も
同じ節のお経を詠むとあって、初めて参拝された連れ人が、
お経の声が気持ち良かったと、歓心されていました。
毎年、後ろの楽人で参加している私はそこまでの感動はなく
よいものだなぁ、と思いつつも、
関心が
「今年はぼちぼち声が揃ってるなぁ」
とか
「この人、一人だけえらい音はずれとるなぁ」
とかしか思わないところに、慣れの恐ろしさを思いました。

*高速でお堂を回るお坊様(笑)
日々、真新しい心でおることができるなら、感動するものなのでしょうが、
目の前に広げられている世界を、自身の色眼鏡で見る癖が抜けないと
純粋に楽しめないとは・・・。
心というのは難しいものです。
今、浄土宗系寺院では法然上人の遺徳を偲ぶ御忌が行われています。
寺の本山である、長岡の粟生光明寺でも25日まで催されています。
今日は雅楽隊として、出仕してきました。
毎年、一日だけでしたが、雅楽隊、念願の格上げ?ということで
最終25日まで毎日演奏しております。
今年はさらに、25菩薩(通称菩薩仮面)のお練り歩きも、毎日見られるということで、
見所いっぱいです。
お堂内の薄暗いさなか、さらに視界の悪い、菩薩の仮面を被って練り歩くのは大変でしょう。
笙を吹いている最中、菩薩仮面のあやうい動きに、ふきだしそうになりました。
お練り、雅楽は、日中過ぎよりです。
知恩院さんでは、山門でミッドナイト念仏してるらしいですね・・・。
知り合いのおばさんが、念仏して来たゆうてたなぁ。
踊ってもいいんやろか?
ではでは
寺の本山である、長岡の粟生光明寺でも25日まで催されています。
今日は雅楽隊として、出仕してきました。
毎年、一日だけでしたが、雅楽隊、念願の格上げ?ということで
最終25日まで毎日演奏しております。
今年はさらに、25菩薩(通称菩薩仮面)のお練り歩きも、毎日見られるということで、
見所いっぱいです。
お堂内の薄暗いさなか、さらに視界の悪い、菩薩の仮面を被って練り歩くのは大変でしょう。
笙を吹いている最中、菩薩仮面のあやうい動きに、ふきだしそうになりました。
お練り、雅楽は、日中過ぎよりです。
知恩院さんでは、山門でミッドナイト念仏してるらしいですね・・・。
知り合いのおばさんが、念仏して来たゆうてたなぁ。
踊ってもいいんやろか?
ではでは
4月の21日から25日まで
京都西山光明寺にて法要が行われます。
23日は本日の練習で聞くかぎりには
菩薩仮面を被った人達が練り歩くはずです。
あぁ、仕事で行けない・・・。
みたいよ菩薩仮面。
そんなわけで、私は24日に最終練習をして
25日の1時からの法要で雅楽隊の一員として笙を吹いている予定です。
京都はまだ桜が残ってます。
地面が花びらで真っ白
京都西山光明寺にて法要が行われます。
23日は本日の練習で聞くかぎりには
菩薩仮面を被った人達が練り歩くはずです。
あぁ、仕事で行けない・・・。
みたいよ菩薩仮面。
そんなわけで、私は24日に最終練習をして
25日の1時からの法要で雅楽隊の一員として笙を吹いている予定です。
京都はまだ桜が残ってます。
地面が花びらで真っ白
京都長岡の粟生の土地にある光明寺が本山(ウチのお寺の親元)になるのですが、最近、妙にHPがパワーアップしていて、驚いた。
トピックスのところで動画が見られるのですが
パソコンから「チーン」という音が発せられるのには脱力・・・。
知っている人がでてて、お経を称えたり、木魚をたたいていたりする姿にはある意味笑える感動しました。
盛りだくさんなHPでみていて飽きません。(微妙に僕が写っていたり・・・)
本山では4月に法然様を偲ぶ法事である、御忌(ぎょき)が7日間行われるのですが
そのうちのどこかの日に雅楽が演奏されたりで、ちゃっかりその中に入り笙を吹いていたりします。
HPの「年間行事一覧」から昨年の御忌の模様がみられます。
菩薩仮面が練り歩いたり、稚児行列があったりと華やか、且つ、しめやかに行われます。
参拝は自由かと思われますので、お近くの方はお寄りいただければと思います。
トピックスのところで動画が見られるのですが
パソコンから「チーン」という音が発せられるのには脱力・・・。
知っている人がでてて、お経を称えたり、木魚をたたいていたりする姿には
盛りだくさんなHPでみていて飽きません。
本山では4月に法然様を偲ぶ法事である、御忌(ぎょき)が7日間行われるのですが
そのうちのどこかの日に雅楽が演奏されたりで、ちゃっかりその中に入り笙を吹いていたりします。
HPの「年間行事一覧」から昨年の御忌の模様がみられます。
菩薩仮面が練り歩いたり、稚児行列があったりと華やか、且つ、しめやかに行われます。
参拝は自由かと思われますので、お近くの方はお寄りいただければと思います。
先日念仏行脚に参加してきました。
毎年恒例で、私も数年前より毎年参加させていただいています。
法然上人の追悼行事として行われており
法然上人の亡骸を安全なところへ移したルートを歩きます。
浄土宗・西山浄土宗・浄土宗西山禅林寺派・浄土宗西山深草派・時宗
の合計5つの宗派が合同で、とにかく、ひたすら歩きます。
毎年、200人程のお坊さんが太秦西光寺から長岡京の光明寺まで
15キロの道のりを「南無阿弥陀仏」と称えながら歩きます。
途中、向日市の来迎寺 寺戸の来迎寺
にてお勤め(お経)をさせて頂き、お食事等のお接待をうけます。
200人の僧侶によるお経は圧巻で、辺りの空気がビリビリと震えるのがわかるぐらいです。
長岡の光明寺にて、最後のお勤め
法然上人はこちらのお寺にて荼毘(火葬)にされました。
毎年恒例で、私も数年前より毎年参加させていただいています。
法然上人の追悼行事として行われており
法然上人の亡骸を安全なところへ移したルートを歩きます。
浄土宗・西山浄土宗・浄土宗西山禅林寺派・浄土宗西山深草派・時宗
の合計5つの宗派が合同で、とにかく、ひたすら歩きます。
毎年、200人程のお坊さんが太秦西光寺から長岡京の光明寺まで
15キロの道のりを「南無阿弥陀仏」と称えながら歩きます。
途中、向日市の来迎寺 寺戸の来迎寺
にてお勤め(お経)をさせて頂き、お食事等のお接待をうけます。
200人の僧侶によるお経は圧巻で、辺りの空気がビリビリと震えるのがわかるぐらいです。
長岡の光明寺にて、最後のお勤め
法然上人はこちらのお寺にて荼毘(火葬)にされました。
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