カテゴリ:日常( 65 )

雰囲気

奈良時代に紫香楽宮(信楽寺)のあった付近にある
ミホミュージアム「大いなる時を越えて」展に行ってきました。

古代から順々に収蔵品を展示されていたのですが
中でも「多聞天立像」
像が動くわけないのですが、迫力があり、姿が動きにみちており
ずっと眺めていたら、動いている気がしてならない。
姿は変わらなくても、動悸でもしているのではないか、と思った。

一度出口からでても気になったので
もう一度入場して、再度、多聞天を眺めるが
もう充分に思ったのか、多聞天さんの動きが少なくなった気がした。

男神像も生きているようだ。
切れ長の目をした、にひるな顔した神様だ。

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*何故か屋久島写真

ここの美術館は3回目ですが
常設店も結構入れ替わりがあり、楽しめたが
それにしてもすごいコレクション。
新宗教の力はあらためてすごいなぁ、と思う。

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*何故か2

大体、展示されているような美術品は
古代から祭祀の道具であったり、神や仏の偶像であったりと
信仰の道具であり、対象であったりする宗教関係に属するものが多い。
それを現代にできた新宗教がコレクションするというのもおもしろいものだ。

もともとは、僕のような一般人は見ることが出来なかったと思う。
神像などは秘仏であったろうし、祭祀道具も秘せられていた。
現代でも天皇の大嘗祭の詳細は秘せられているが、そのようなものだろう。

秘せられたものは、計りかね
畏怖の対象になり、秘仏である厨子のなかの「神仏をみれば目がつぶれる」とか
白州正子さんの本で見たが、
そういう信仰が高度成長期までは残っていたのかもしれない。

であれば、さらにその像や祭器をつくる職人の立場でみればなおさらで
現代でも、先日、仏師に聞いてみれば
「木の中にいる仏を彫りだす感覚が解って来たような気がするときがあります」
と聞いたりする。
それは陶芸家でも能面氏でも、ものづくりの人には共通する話だ。

たまに仏像などをみて、生きているような気がすることがあるのは
そういったなにかに対する畏怖や、なにかに対する信仰があるかな。
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by munehito_miwa | 2007-09-15 14:21 | 日常 | Trackback | Comments(2)

鐘が鳴らない

明治から昭和の初期ぐらいまで寺で鳴らしていた
打ち出しの鐘があります。

私が生まれる前に割れ
ビビビとひび割れたゆらぎを鳴らすばかり

どうもそういった真鍮と銅と錫の配合の妙があり
その鐘を再度鋳造しても旨く音が鳴らないそうで。
部分修理も叩けばすぐ鳴らなくなったよう。

何十年と、奥の部屋に眠っていました。

最近、ひょんな縁から雅楽に縁が出来
雅楽器製作の人とも知り合いになれたのですが
どうも話によると、天に飛ぶ鳳凰の声を出すという楽器の笙。
そのリードは、一から鋳造するのではなく、寺の鐘や銅鑼。
そういった音楽で使用され(た)ている鐘から削りだして造るよう。

これはまた然り
おもしろい縁があるもので、我が寺の鐘は
そちらの楽器制作場へお嫁に。
もし鐘が使用に足るものであれば、いずれ縁あれば
私の笙のリードになって帰ってくるやもしらん。

祖父が日日中、鳴らしていたであろう鐘の行く末、良き縁を祈るばかりです。



・・・ま、、問題は現在使用中の鐘も割れてることやな・・・・。
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by munehito_miwa | 2007-09-01 20:37 | 日常 | Trackback | Comments(0)

新緑

本日で今年の御忌は終了しました。
御忌の期間中、本山と家の行きかえりに、嵐山周辺を車で通っていた。
この時期、新緑が瑞々しく清清しい空気。

近頃はどこも人工林ばかりで、山の色も多様性がなく
同じ色ばかりでおもしろくないのですが

山自体が御神体となっている山はまさに色とりどり。
山があまりに活き活きとしているので
御忌前に時間をつくって、京都最古の神社松尾大社の御神体である松尾山に登ってきました。

昔は神職以外は登拝禁止だったようですが
ここ数年登ることができるようになりました(前にも書いた気が・・・)
 
本当の自然の山は多種多様であり
景色が一様ではありません。
人間の勝手で同じ木ばかりを植えたうえ、手入れをせず
荒れ放題の山とは気の良さがが違いました。

神が降臨された磐座はとても迫力がありました。

写真は不可ですので、境内のやまぶき 
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境内はやまぶきが散り始めてました。
 


光明寺の参道
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by munehito_miwa | 2007-04-25 20:18 | 日常 | Trackback | Comments(0)

雅楽器

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新しい彼女。

鳳笙というのですが、その音色は天の音を指すと言われています。
竹が17本、そのうち15本から「ヒーーーン♪」というような音が鳴ります。
とても遠鳴りします。
目の前で和音が鳴り続けるので、脳がたまにトランスしてしまう、危険な彼女です。

その形は鳳凰が羽を休めるときの姿を表しています
竹の先が大分細くなって、華奢なつくり。
さわり心地もすっとなじみます。

さて名前をどうしやるか・・・。
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by munehito_miwa | 2007-02-15 11:53 | 日常 | Trackback | Comments(5)

楽器選び

楽器探しは恋人探しに似ている。

私のパートは笙です。
先日、雅楽器の展示即売会があったので、伺いました。
40畳ほどのスペースにずらりと並べられた雅楽器
篳篥・龍笛・笙と眺めていました。

笙の見比べで、一つ一つを眺めたり、触ったり、吹いてみたり
製作者による竹の形の好みも、リードのバランスも様々でおもしろい。
個性があるのね。

その個性により
値段は10万から98万まで。

良いものを見てしまうとなんとやらで・・・

結局、この形で、この色で、この値段で・・・、
 そしてこの華奢で色っぽい、このさわり心地で!!←ココ最重視
などと言っていると、
展示の笙の中では決まらなくなり・・、結果、オーダーすることに。

代価は大きいですが、なかなか楽しいものです。
今は恋人が我が手にくるのを楽しみにしています。
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by munehito_miwa | 2007-02-06 10:09 | 日常 | Trackback | Comments(4)