彼岸の間について 2

と、

そんなわけで、今日もお彼岸、前回の続き。

今日は千本釈迦堂は大報恩寺で「千本釈迦念仏」がやってるとのことで行ってきました。
釈迦堂ではお彼岸の法要として千本釈迦念仏をされるようです。

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一年でこの日(3月22日)のみ
お釈迦さまの涅槃図を見せて頂けるとのことです。

釈迦念仏の差上(お経のプログラム)は
お釈迦さんの最後の説法と言われる「遺教経」
節をつけて(声明)、20人程のお坊様が内陣の本尊前にて詠まれていました。
*厨子の中の釈迦如来の開帳はなし。

「足ることを知る」の「知足」の勧めが多く書いてあったのが目にとまりました。

そのお経のプリントがもらえましたので少し抜粋。


「病を知って薬を説く 服すると服せざるとは医の咎にあらず 又善く導くものの人に善き道を示すが如し これを聞いて行かざるは導くものの咎にあらず」
                           『仏垂般涅槃略説教誡経』

勘違いせんと、ちゃんと自分で修行をしなはれゆうことですな。
うまい話に騙されないように、自分で考えて行動しようと思う次第なお経

漢文を訳した、お経に節をつけて詠むので理解しやすかったです。

その後、舎利経に光明真言(オンアボキャベーロシャノウ)をいくつか。
般若心経などを詠む。

その後、下陣に釣り掛けてある涅槃図の前に移動して、般若心経



結局、この法要はお釈迦様の遺功を偲びはすれど
浄土系のように、先祖供養が全面的にでたものではなく、

悟りの世界へ行くための法要
迷いの世界を離れるための修行の法要

という趣旨が強く感じられた。


私はといえば、ここ最近、彼岸で、先祖供養を沢山させて頂いたのですが
その、詠ませていただいているお経は「観経」で
どうやって阿弥陀様を観るか?の観かたを言うお経です。
阿弥陀様を観て、いらっしゃる西方極楽浄土=彼岸 に行きましょうと、
ご先祖様に供養させて頂いているわけです。
宗派などにより、違いがあっておもしろいですね
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間というのはそのあの世とこの世の隙間的見方もあるのか、
彼岸中の昼夜や太陽の軌道や色々な「間」がなにをするにも都合がいいというか、重要というか、関連付けてあるのですね。

そんなわけで、今日の真西に沈む夕日は
一時的な夕立の後の霧で、とても幻想的でした
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場所は行路の都合上、なぜか教習所の前で申し訳ないですがね。
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by munehito_miwa | 2007-03-22 21:04 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)
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