上映会を終えて

上映会 Sensing the Journey of the Dead 死者の魂を霊界に送り出す歌
トラブルもありましたが、無事に終えることができました。

上映と後席にあたり、いくつか発見がありましたので
聞き覚えであやふやですが、こちらに記しておきたいと思います。

歌うシャーマンは減りつつあるとのことで、
この30年位でこの歌う風習は途絶えてしまうかもしれない、とのこと。
現在は若いシャーマンは多くいるそうだが、歌うのではなく、淡々と語って聞かせるそうだ。


・何故、シャーマンになるのか? シャーマンになるには修行などがいるのか?

特に修行などはないようで、なるべくしてなる(女性に多い)、とのこと。
ある日、原因不明に体調を崩したりするが、歌をうたうことにより回復していく過程がある。
そのまま歌を歌い続けることで、自身、シャーマンとしての認識がでてくるらしい。



・何故、歌うのか?

そういうものだからだ、と言われればそれまで。

理屈付けするなら、歌や詩は、直接的に訴えかけるのではなく、曖昧で
相手に想像させる余地を置いている。

歌は左脳ではなく、右脳を使っている。
例えば、シャーマンが右手で扇を振り続けて、さらに右足を激しく揺する作法は
左脳をビジー状態にすることで休ませ。右脳の活躍範囲を拡げているのではないか、との指摘。

なんにせよ、意味はわからなくとも、人を引き寄せる旋律はあるわけで
伊藤さんが雲南の古い調べ、を吹いていた事が交友関係が生まれたきっかけ。

映像では、シャーマンと参列の人々との掛け合いが多くみられた。
シャーマンが死者の声を代弁し歌い、あの世に送る歌を歌う。
聴衆はそのやりとりに参加すると、その声にもシャーマンは反応する。

シャーマンと聴衆が協力し関係することによって、死者の存在がこの世に露わになっていく。
他者が存在しなければ、自身が存在できないように、人間は関係存在であるのと同じく
死者と生者の関係を結ぶ事によって、死者が現れてくる気がした。




・実際に死者がシャーマンに降りてきてると思う?

聴衆はそれぞれ思い思い。
シャーマンと死者とのやりとりに入り込む者もいれば
しらけた気持ちの者もいる。

それは見えないしわからない、でも感じることはできる。









台風が迫るなか心配しましたが、満堂の参列を頂きありがとうございました。
お傘を2本あずかっております。ご連絡頂けますと幸いです。
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by munehito_miwa | 2014-10-06 16:25 | 自坊行事 | Trackback | Comments(0)
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