ブータンのシンポジウムで思ったこと

ブータンのシンポでお題が、仏教と戦争だったのだけれど、今枝先生のお話。
先代国王がスーパースターで、戦争を仏教的教えを基盤とした直感による行動で解決しました的話であった。
「ただ良い人間でありなさい」という直感。それは穿ってみれば、ドロドロとした取引や交渉など、
世渡り上手な選択も直感で出来る強みなのかな。

というのも平和な国といいながら紛争が過去にあって、そのアッサム武装勢力を掃討するための軍事行動が決行されたわけだが、
「軍にとって一番難しい事は、勝つことではなく、平和を保つことである」
という考え方を持ち。たとえ勝利しても、戦勝祝いをせず、捕虜に対しても平等。不殺生戒という、仏教を基盤とした考え方を実行にうつすことによって、報復行為を防いだとされるようだ。

それは「ただ良い人間でありなさい」という事(直感?)の実践なのか、はてまた、対外関係はインドを介して行われていたように、海千山千の交渉上手だったのか?
「国王を政治的ドロドロから遠ざけるために、理論ではなく直感で判断する『無垢な存在』にしてあるのでは」
という友人談は秀逸でした。

ただ、「怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない」という法句経の言葉を
戦争にも国家の精神基盤として、選択しているだろうことは頼もしいことだと思う。
よくよく、自分を見つめなおして考えてみれば、わかりそうなものだ。

ブータンには特に「幸せ」という抽象概念はないらしいが、国民にそうたらしめているのが、
祈りの時間との事。それは学生でも一日一時間はあって、
それは自分をみつめる時間。

自分を見つめる時間を削って経済活動に費やさされている何処かの国とは違う。
他国との交渉が下手なのも、国民の声も音にしか聞こえないと言ってしまうのも。
自分を見つめる時間があれば、沖縄の基地や、放射能や原発で 困っている人の声は
ちゃんと声として聞こえて、直感として助ける側に回れるハズなんだけど、そうはならない。
毎年、自死が3万人を超える国の中で、国民の苦しむ政策を続けてしまう事は、
いま問題になっている中学のいじめと一体どう違うのだろうか?
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by munehito_miwa | 2012-07-09 15:33 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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