旧暦三が日には日替わりのお酒でお祝い

3日節分 4日春節 5日



旧暦の三が日でした。

3日は、天神さんにて節分の狂言を鑑賞
その後、お手伝いに行っているホスピスにて鬼になり
友人宅では、升酒を頂きながらお雑煮やいもぼうを食し
千本閻魔堂にて、壬生狂言の無言ではなく、セリフのある大念仏狂言

天神さんでは、梅の咲く境内に、吉田の鬼門から追難式で追い払われてきた鬼を
最後に退治するところらしい。狂言の節回しの随所に天神さんの名前が。

えんま堂の狂言にても、釈迦堂やえんま堂、空海さんにも奉仕していた、通称罪人さんが
地獄の鬼を念仏の篤信者に変え、さらに地獄に落ちた人々を救いに地獄へ行くというありがたい話。

こういった伝統芸能は寺社仏閣の宣伝や布教におおいに役立っているのだなぁ、と感心する。

仕上げに升酒


4日は春節につき、毎年恒例の愛宕登山
まさに春の日差し。雪はだいぶと融けてしまったようだが
日陰では雪が凍結しアイゼンがないとすべって登れない。
途中から装着して登る。
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昔は一大信仰の山だったのですが、現在、信仰で登られている人はどれだけの割合でしょうか。
本殿に到着しても、しっかりお参りをされている方は稀なようにも思えます。
帰りに月輪寺にも参拝に寄りましたが、愛宕神社からこちらに来られる方は少ないようです。
信仰のない人へのたしなめの張り紙があちこちに、年々増えているようです。
人が少ないのはそれを嫌がってのことでしょうか。

山暮らしで、自然の偉大さを常に感じて生きている人と、
都会で自然から離れ、便利な生活をして生きている人とは
感覚が違うのは当たり前で、その両者の軋轢を埋めるには
間に立つ感覚を持つ人の介添えが必要なのかと思いをはせ。
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教団も山の上の不便なお寺には興味がない模様
これから、地方はどんどん過疎化が進む中、
地方に行けば荒廃の進んだ寺院を見る事が多く、
宗派でそのような山寺の今後のモデルでも作ることは考えないのか、と思う。
山奥でも山のわき水と、雨水や雪の貯水機にソーラー発電にバイオに畑に。
檀家さんが無くてもなんとか暮らせて、参拝が増えるようなシステムとかつくれないかなぁ。

海外布教を頑張る意味は、地元では坊さんがハメを外せないから、海外で存分にハメを外すために
海外支部をつくっているなどの噂が立つようではなかなか難しいことか。。。
いっそ、新宗教に山ごと購入してもらって、聖地にしてもらい、その資金力で、山上にヘリポートとかつくって
教主がたまに山上にヘリで乗り付け、信者がぞろぞろ聖地である山に登り、山すそも宿場で盛り上がる的な事をやってもらうのがてっとり早いかもとか考えてしまうぐらい。そうなれば、山の重文の建物や仏像も守れるかとも思ったりして。もちろん植林で暗い山になってしまったのを、再整備で明るい山にするとか。
多分、昔はそんなんで山自体が宗教テーマパークみたいになっていたのだろう。
伝統宗教にできないなら・・・・・とか考えてしまうもの。

そういえば山ガールはいませんでした。

疲れた体に般若湯が沁み込む
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by munehito_miwa | 2011-02-06 12:22 | 日常 | Trackback | Comments(0)
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